大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2107号 判決 1972年3月15日

控訴人

石川島播磨重工業株式会社

代理人

山下卯吉

外一名

被控訴人

株式会社・大塚商店

代理人

多賀健三郎

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、訴外大洋鋼管工業株式会社が、控訴人に対し金三八七万二、二八五円の売掛代金債権を有したことにつき当事者間に争いがない。

二、<証拠>を総合するとつぎの事実が認定でき、右認定を覆えす証拠はない。

(一)  訴外大洋鋼管工業株式会社は、昭和四四年八月一号控訴人に対する左記債権を被控訴人に譲渡し、同日付所轄地方法務局所属公証人による確定日附を得た譲渡通知書の写し(電子複写機により複写されたもの)をもつて、普通郵便によりその旨控訴人に通知し、その通知は同月四日控訴人に到達した。

一、右訴外会社が控訴人に対して売り掛けたシリンダー素材等の売買代金三八七万二、二八五円。

(二)  譲受人である被控訴人も同月一日内容証明郵便をもつて右債権の譲渡を受けたこと、右金員の支払を請求する旨および債権譲渡通知書の確定日附、確定番号は別途郵送された旨の記載ある書面を郵送し、この書面は同月四日控訴人に到達した。

(三)  大洋鋼管工業株式会社は、その後しばらくして本件債権譲渡の昭和四四年八月一日付確定日附ある通知書の原本を控訴人宛送付し、右書面は同月一三日控訴人に到達した(この書面が八月一三日控訴人に到達したことについては争いがない)。

(四)  ところが訴外播磨鋼管株式会社は、前記訴外会社を債務者とし、控訴人を第三債務者として東京地方裁判所に本件債権の仮差押命令の申請(同庁昭和四四年(ヨ)第六、七二三号)をなし、同裁判所の発した同月八日付仮差押決定正本は翌九日控訴人に送達された。

三、そこで右事実に基づいて、被控訴人が前記債権の譲受を債務者である控訴人のみならず播磨鋼管株式会社に対しても対抗しうるか否かについて考察する。指名債権の二重譲渡またはこれと同視すべき場合における第三者に対する対抗要件の優劣決定は、その譲渡につき譲受人から債務者に対してなされた通知、または債務者がした承諾の書面に付された確定日附の前後によりその日付の先んずるものをもつて優先せしむべく、通知または承諾が相手方に到達した時をもつて決すべきでないとするのが判例(大審院連合部大正三年一二月二二日判決・民録一、一四六頁、同決定昭和六年一一月六日法律新聞三三四一号一一頁等参照)の趣旨とするところであり、学説もおおむねこれを支持しているところである。

四、控訴人の主張は、要するに債権の二重譲渡があつた場合(ないしはこれに準ずる場合)において債権譲渡の通知または承諾が確定日附のある証書によつてなされたとき(例えば内容証明郵便によつた場合)でも、第三者に対する対抗力の優先順位は譲渡通知または承諾の到達の前後によつてきめるべきであるというに帰するものと解される。しかしながら、元来民法第四六七条第二項において、債権譲渡の通知または承諾がその債権譲渡を債務者以外の第三者に対抗しうべきものであるためにはその譲渡の通知または承諾に確定日附のあることを要求している趣旨は、譲渡人と債務者ないしは後の譲受人が通謀してその通知または承諾の日時を遡らせて先の譲受人を害しその他対抗力の優劣に関する紛争の生ずることを防止しようとするにあるのであつて、そのために、右通知または承諾に確定日附のあることを要件とするとともに、二重譲渡などの場合に通知書または承諾書に表示された公証力のある右確定日附の日時の前後によつて対抗力の優先順位をきめることにしたものと解されるのである。確定日附のある通知または承諾を発しても、前記の対抗力を生ずるためにはそれが相手方に到達していることが前提要件となるのであり、その到達以前には何らの対抗要件をも具備するに由ないことはもとよりいうをまたないところである。控訴人の主張するところは、確定日附のある証書による譲渡通知または譲渡の承諾は、確定日附のある証書によらないそれらが対抗要件具備の方法として不完全なものであるのと異なり、それ自体法律の要求する完全な対抗要件具備方法であるから、かかる通知または承諾が相手方に到達した以上、その時点で完全な第三者対抗要件を具備したものとなり、たとえその後に日附の先立つ確定日附のある証書による他の通知または承諾が到達しても、これによつて先に生じた第三者対抗力に消長を来すべきものでないという考え方からきているのでないかとも考えられるが、単なる譲渡通知と確定日附のある証書によるそれとを比較する場合は右前段の理論で処理することができるにしても、債権の二重譲渡があり、それぞれの譲渡通知または承諾がいずれも確定日附のある証書によつてなされた場合についてみるに、それらの到達後に譲受人間において対抗力の優劣が争われ、または債務者がいずれの譲受人に弁済すべきかを判断する段になつて、控訴人主張の見解に従えば、通知または承諾の日時が常に明確であるとはいえないため、実際上不都合を生ずることはみやすいところである。しかし、だからといつて前記条項の趣旨を、譲渡通知または承諾のあつたことおよびその到達の日時を確定日附のある証書によつて証明すべきことを要求するものと解することは譲渡人等に煩瑣な手続を要求することになり実際上妥当でなく、そうまでしなくても一応前記立法の趣旨・目的は達せられるのであつて、前記のような判例が維持されている所以もこのようなところに存するわけである。

控訴人は、例をあげて前記解釈が不当であると強調しているが、債権譲受人において譲渡契約の際譲渡人に他への譲渡およびその通知の有無を確かめれば、譲渡人がことさら事実を秘匿するようなことがないかぎり、通常は不測の損害を招くことはないはずであるし、また債権の差押・転付命令を申請するにあたり、あらかじめ債権者について調査することが実際上不得策であるとして、債権譲渡に関与しない債務者について調査しただけで前記命令の申請をしたようなときは、初めからある程度の危険を承知のうえで右の方法をとつたものともいえるのであり、自分よりも優先する対抗力をそなえた譲受人が現われ期待に反する結果を生じたとしても、これをいちがいに不当ともいえないであろう。

五、もつとも、控訴人の主張の重点は、むしろ、債権譲渡通知が、現今一般に行なわれている内容証明郵便による通知という方法によらずに、本件のように債権譲渡通知書に公証人の確定日附を得た後これを普通郵便で郵送するときは、その間通知書が債権譲渡人の手中に存するため、確定日附の日時と現実の発信の日時との間に時間的ずれが生じうるわけであり、しかもそれが譲渡人の都合等により短くも長くもなりうることからして、このような場合にも譲渡通知書に付された確定日附の日時を基準として対抗力の優劣をきめるとすれば、実際上きわめて不当な結果を生じうることを強調し、それは確定日附のある証書による譲渡通知または承諾相互間の対抗力の優劣をきめるのに、通知または承諾の到達の日時の先後を基準としないことに由来するものであるというにあるのでないかと考えられる。

しかしながら、民法の前記法条の趣旨からすれば、債権譲渡通知書に公証人の確定日附を得たうえ、これを普通郵便で債務者に送付した場合もやはり確定日附のある証書によつてした債権譲渡通知と解すべきであると同時に、通知書に公証人の確定日附を得た後譲渡人が直ちにこれを郵送しなかつたからといつて、それだけで当然に確定日附のある証書による譲渡通知としての効力を有しないものとすべき理由がないものと解される。もつとも、右の場合に故意または著しい悪意により通知書に付された確定日附の日時より長期間経過してからこれを郵送したような場合には、民法第四六七条第二項が書面による通知または承諾という行為そのものに確定日附のあることを要求している趣旨にかんがみて、当該確定日附の効力をそのまま認めることが相当と認められない場合を生じうることが考えられるし、また譲受人の態度とも相まつて、対抗力の主張を信義則により制約すべき場合の生じうることも考えられるころである。

六、ところで、本件における公証人の昭和四四年八月一日付確定日附の付された債権譲渡通知書(原本)による同月一三日債務者(控訴人)に到達の債権譲渡通知についてみるのに、これは前記二の(一)・(二)で認定した債権譲渡通知・債権譲受通知の発信および到達の各日時と対照すると、同月一〇日頃発信されたものと推認されるのであり、そうだとすると確定日附の付された日時との間に約九日間のずれが存することになるわけであるが、前記認定の経過事実を参酌して考えれば、右のような日時のずれということだけでは、右通知を表示された日付どおりの確定日附のある証書による債権譲渡通知としてその効力を認めることを妨げるに足りないものというべきである。

してみれば、大洋鋼管において公証人の確定日附の付された前記債権譲渡通知書原本によつてした通知が播磨鋼管株式会社の申請に基づいて発せられた控訴人主張の仮押差決定正本の控訴人への送達よりおくれて控訴人に到達したにしても、なお被控訴人の債権譲受の方が右仮差押に優先するものといわなければならない。

七、そうだとすると、控訴人は被控訴人に対して前記売買代金三八七万二二八五円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年一〇月九日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務があることになるので、被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

したがつて、これと同趣旨の原判決は相当であり、本件控訴はその理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(多田貞治 下門祥人 兼子徹夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例